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『私の異常な愛情 不肖・宮嶋流戦争映画の正しい観方』 740円/光文社 知恵の森文庫/2008年6月
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『不肖・宮嶋 戦場でメシ喰う!』 2‚200円(税込)/ワールドフォトプレス/2008年5月
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『不肖・宮嶋、再び。自衛隊レディース』 2‚200円/イカロス出版/2008年1月
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『不肖・宮嶋 メディアのウソ、教えたる!(14歳の世渡り術) 』 1‚260円(税込)/河出書房新社/2007年8月
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武器と知識は命を守るための道具
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幼少の頃から、戦車や飛行機といった軍事物に興味があったという宮嶋さんは、カメラマンとして自衛隊についてまわるだけではなく、陸海空軍すべてにおいて、オタクといえるほどの知識を持ち合わせている。
「子供の頃に銀玉鉄砲で遊んだり、おもちゃの飛行機を飛ばした経験がある人だったら、本物の武器や戦闘機を目の前にしたら、益々好奇心をそそられますよ」
「それに、戦場で取材をするのであれば、武器や軍服等についての知識は当然あった方がいい。自分の命を守るためには、なければいけないものですよ」
「制服ひとつとっても、それがどこの国の、陸海空どの軍に属する服なのか判断できないと、IDカードひとつ見せることができない。階級章もそうですね。相手の階級が分からなければ、その人物が自分に有利な便宜をはかってくれる人なのか、あるいは邪魔になる人なのか判断できない」
「武器もそうです。相手が持っている銃が今撃てる状況にあるのか、撃てない状況なのか。つまり相手が敵意を持っているか否かを識別する。この軍服を着てこの銃を持っているのはおかしい、これは偽装兵だ…といったことを即時に判断できなければいけない」
宮嶋さん自身も、現地では武器を持つことが多いのだろうか。
「私も、非公式に持つことはあります。よく“ジャーナリストは武器を持つべきではない”と言う人もいますけど、そんなことを言える人は恵まれた人ですよ。私は、武器を見せることによって現場での危険を回避できるなら、積極的に持つべきだと思います。逆に、武器を持っていることで、おそろしい状況を招くことだってあるわけですから、その辺も自分の責任で判断しなければいけない」
「武器はすべて現地調達です。武器の調達が困難な場所というのは、逆に武器を持つことが危険な場所でもあるんです。そういう場合は絶対に持つことを避けます」
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考える前にシャッターを切る
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戦場で写真を撮ることに、きれいに飾り立てた言葉はや意味付けはいらないという宮嶋さん。何故撮るのかという理由づけよりも、今この瞬間何を撮ったのかということの方が大事なのだという。
「まず、撮れなかったら話にならないですよ。そこにある意味なんて、後で考えればいいじゃないですか」
「報道写真っていうのはそれでいいんですよ。この写真は本当に撮っていいのだろうか…なんて、撮る前に悩んでも仕方がないでしょ。そんなことは撮った後に考えればいい。だって、実際に発表するかどうかは、後で考えることだってできるでしょ。だったら、とりあえず撮っておくことが大事です」
報道写真において、そこで写真を撮る意味があるのだとしたら、それは現場へ向かうという行為の中に既に存在しているものであって、現地で切る一枚一枚のシャッターにいちいち意味付けをする必要はないのかもしれない。本当に緊迫した状況では、今切った一枚に何が写っているのかすら定かでないことだってあるのだろう。
国際的な関心が集まる場には、世界各国からのメディアが集結する。彼らは同じ場所に、同じ目的でやってくるわけだが、国や政治的背景の違いによってはジャーナリズムのあり方も当然違ってくる。宮嶋さんも、現場で出会うカメラマンを通して、ジャーナリズムということへの意識の違いを感じることもあるという。
「日本のジャーナリズムというのは、私が若いときとあまり変わっていないと思います。特に新聞は。例えば、ある新聞社は、世界最大の発行部数を誇っていながら、その世界的な権威は極めて低い。それはどうしてなのか? 日本の大手メディアが持っている予算は、もしかしたら世界五大通信社のそれを上回っているかもしれない。にもかかわらず、彼らの取材力や世界的な配信能力がないのはなぜか?」
「人件費の高さ、過剰な人権配慮、それから英語媒体でないという言葉の問題もあるのかもしれないけど…やはり最大の理由は、日本のメディアへの信用度が低いということですよね」
「ワシントンポストやニューヨークタイムスなんて、単なる一地方紙なんですよ。それでも、その媒体名はあまりにワールドスタンダードで、すごい権威がある」
「メディアの影響力があるということは、強い交渉力を持っているということなんです。取材される側だって、そのメディアの持つ影響力を考えますから。その点、日本のメディアは不利ですよ。読売だろうが朝日だろうが、現地に支局がなければ、フリーとあまりかわらないわけですから。日本だって、かつて、ベトナム戦争のときには、サイゴンにもハノイにも支局を置いていた。けれど、近年の過剰な人権配慮のせいで、今では日本の正社員クルーが戦地に来ることはまずないですよ」
「まして、私みたいな日本のフリーカメラマンは名乗れる所属媒体すらないから、もっと不利な状況で勝負しなければならない。せいぜい、『日本の○○週刊誌から時々写真提供の依頼を受けている宮嶋です』くらいですよ(笑)」
「ただ、海外のメディアが、日本のメディアを羨ましがる点もある。それは、世界標準からみたら極めて高い予算の確保です。この私でさえ、海外取材に行くときは、最低でも一万ドル(約100万円)持って行きますから。国にもよりますけど、東南アジアの国の人にしてみたら、100万円の現金を持って取材に行くなんて考えられないようです」
「ホテルにしても、日本のメディア、特に正規部隊の場合は、必ずベースとなる場所のホテルを押さえて、それから伝送手段を確保して取材に出かける」
国が違えば当然報道のあり方も違う。国の歴史的な背景や、政治的な関わりなど各国間の複雑な事情が、目の前で起こっている出来事の定義や善悪までも決めてしまうこともあるからだ。そうした、異なるバックグラウンドを持つ報道カメラマンたちの中にも、同じ畑に集まる人種としての共通点を感じるものだろうか。
「確かに…ある意味では、こういう仕事をしている人たちは世界共通の人種といえるかもしれないですね。キャパの『ちょっとピンぼけ』を読んでも共感できる点があるわけで、マクロ的に見れば、国や時代に関わらず、何らかの共通意識はあると思います。それは、単純に見たことのないものを見たいという好奇心だったりするのかもしれませんね」
次週(11/5配信号)は、インタビュー最終回です。 最後までどうぞお楽しみに!!
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