Photo 365 MAGAZINE & DIGITAL PHOTO LABOS
2006.10.23
vol. 94
写真を仕事にしたい人、写真家になりたい人はもちろん、
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元気にお過ごしですか? 写真を撮ること、観ることが好きな人に、お届けしている雷鳥社メールマガジン「Photo365MAGAZINE&DIGITAL PHOTO LABO」エディターのイタガキです。写真家・橋村奉臣さんインタビュー2回目です。今週もお楽しみに!!
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私が写真を撮るワケ
瞬間の美しさ、一瞬の永遠を表現し続ける写真家・橋村奉臣vol.2
暗く混沌とした戦争中でも、母の大きな愛に包まれれながら、強くそして明るく少年時代を過ごしてきた橋村さん。今週はいよいよ、カメラとの出会い、恩師との出会いなど、今後の橋村さんの運命を決めるといっても過言ではない貴重な出会いのお話です。
■ Profile ■
橋村奉臣(はしむらやすおみ)
1945年大阪生まれ。少年時代よりほとんど独学で写真を学び、単身渡米。1974年にHASHI STUDIOを設立。「HASHI」の名で、ニューヨークの広告業界で高く評価され、常に第一線で活躍。1980年代前半より、10万分の1秒の世界を捉えた独自の技法「アクション・スティル・ライフ」で一世を風靡。世界各国の優良企業500社以上に作品を提供するなど、広告業界の地位を不動のものとしている。
HASHI[橋村奉臣]展 『一瞬の永遠』&『未来の原風景』公式サイト
STILL LIFE
a moment's eternity
『一瞬の永遠』

アートン/8‚820円










HASHIGRAPHY
Future Deja Vu
『未来の原風景』

アートン/8‚820円












『十万分の一秒の永遠』
著=立松和平
写真:HASHI(橋村奉臣)
アートン/1‚260円



グリコのカメラ
橋村さんとカメラとの出会いは、亡き父の遺品の中にあった。通信士だった父が海外から持ち帰った舶来物の中のひとつに、カメラがあったのだ。

「カメラはあったんだけど、戦後の貧しい時代だから、当然フィルムなんて高くて買えないわけですよね。だから僕は、フィルムを入れないで、パシャパシャと空シャッターを押して遊んでいましたよ」

「ある時、グリコの懸賞で“グリコカメラ”という、いわゆるトイカメラが当たったんです。それがフィルムだったのか、ピンホールみたいなものだったのか…はっきりしたことは覚えていないんですが。確か、そのカメラで撮ったものをグリコに送ったら、それをプリントしたものを送ってくれたんだと思います。今でもその時の写真が残っているんですよ」

「その中の一枚が、実は今回の写真集にある“HASHIGRAPHY”の中にも使われているんです。この写真集は、僕としてもとても気合が入っています。本当に僕のわがまま放題の本でね(笑)。写真のセレクトからレイアウトまで、全てやらせて頂いて、印刷の一枚一枚まで僕が全部立ち会って決めさせてもらったんです。すごくクオリティの高い本になったと思っています」

グリコの懸賞カメラで撮った写真がきっかけとなり、“写真”というものに興味を持ち始めた橋村さんは、それから時々カメラを持ち出しては、フィルムの無いカメラで空シャッターを切っては、自分の心の中に、その映像や感覚を焼き付けていたのだ。

ふたつの出会い
幼少時代の橋村さんは、将来のことなんか何も考えずに、ただただ外を走り回っていたという。小学校のころは野球と柔道少年、中学生になると…時には喧嘩もしたガキ大将だった。

「当時は喧嘩で負けたことがなかったですよ。でもね、柔道の道場のルールで、自分からは絶対に手を出してはいけないと決まっていたんです。僕は、決して喧嘩が好きだったわけじゃないんですよ。ただ、曲がったことが嫌いでね。向こうから喧嘩をしかけてくるんだけど、一回相手してしまえば、その後は向こうがおとなしくなるんですよ。そうすれば、それ以後喧嘩する必要がない。でも、さすがに喧嘩は高校に入るまででしたよ(笑)」

中学校を卒業後、橋村さんは工業高校の機械科に進学する。

「僕が幼稚園生のころに母が今の義父と同棲したんですが、その2番目の親父が、車屋を始めたんです。車の修理や販売ですね。そういう環境で育ったから、中学生のころには既に“お前は将来はうちを継ぐんだろう”って、当たり前のように言われていてね」

「そのころは、僕も家族みんなが幸せになるのが一番だと思っていたし、自分の将来なんて考えずに自由に遊びまわっていたから、何の疑いもなく工業高校へ進学したんです」

「僕は14歳のときに50ccの原付バイクの免許をとって、よくバイクに乗っていたんですよ。うちには車もバイクもあるからね。それが、周りの友達からはすごく羨ましがられて、僕も“満更でもないな〜”なんて思っていたわけ(笑)。ちょうど鈴鹿サーキットができたころで、僕も真似事のようなことをしていましたから」

「でもね、実際に工業高校に入ってみて、僕はすぐに“あ〜自分には向いていないな〜”って分かった。やっぱり車の修理っていうのは、そんなにやりたい仕事ではなかったんですね。かといって他にやりたいことがあったわけでもなかった。だから、自分には絶対に向いていないと分かりつつも、でもこのまま行くんだろうなぁ〜って、そんなに深く考えずに学生生活を送っていました」

疑問を抱きつつも、何かを探しはじめるわけでもない。そんなときに出会ったのが、橋村さんが今でも恩師と慕う、祐野隆三先生だった。

「高校の生活指導課の先生でね、生徒からはすごく怖い先生として知られていたんです。でも僕はすごく先生が好きだった。おっしゃっていることがすごく的を得ていたから、何故先生が怒っているのか、僕はすごく理解できたんですよね。怒っていても愛情いっぱいの先生でしたから。実は、今回の写真展のパーティーにも来てくれて、40数年ぶりの再会をしたんですよ」

「当時は、先生の家に泊まりに行かせてもらったりして、僕はすごく可愛がってもらいましたよ。実は、この先生との出会いが、僕を写真家の道へと結び付けてくれたんです。人生には色々な方向性があるんだということを、祐野先生から教わって、それから将来のことを真剣に考えるようになったんです」

「当時も、僕はときどき写真を撮っていて、修学旅行なんかで撮った写真が校内のコンテストで1等をとったりしていたんですよ。高校2年生の時に、僕は文化祭で劇をやることになったんです。どうしてもクラスから1〜2人選ばなければいけなくて、仕方なくやったんですけどね」

「その時に、たまたま別の学校の劇団から来た女の子がいて、僕は彼女のことを好きになった。その子との出会いが、僕に“もっと写真をうまく撮りたい!”と思わせたんです。つまり“その子をより美しく撮りたい!”という思いが、僕の写真への思いをよりいっそう強くしたんですね(笑)」

「彼女とは学校が違うから、なかなか会えない。だから、僕はその子への思いを写真に託したんですね。今だったら、メールしたり、携帯電話で話したり…色々な方法があるじゃないですか。でも当時の僕には、写真以外に、彼女への思いを表現する手段がなかったんですよね。多かれ少なかれ、誰でもそういう思いってあるでしょ。僕はそれを写真で表現したんです」
“型”にはめられるのがダメなんです
祐野先生、そして初恋の彼女との出会いによって、写真家への道を自分の意思で選び、歩み始めた。そして、高校を卒業した橋村さんは、両親の望む工業大学ではなく、写真家を目指すべく東京の多摩美術大学附属多摩芸術学園写真科へ進学した。

「両親は、僕が家業を継ぐとばかり思っていたから、もちろん反対されましたよ。親父は、僕が工業系の大学へいくものとばかり思っていましたからね。でも、最終的には、“写真を勉強しに行くんだったら学費は出さない”と言われました」

「急に写真の道に進むといっても、どこへ行けばいけばいいのか分からず戸惑っていたんです。その時に、祐野先生が、“とにかく就職しないで、どこでもいいから写真の学校に行ったほうがいいぞ”って言ってくれて。それで急いで資料を取り寄せたのを覚えています。でも、手続きに間に合わず、結局二次募集かで多摩美術大学附属付属多摩芸術学園写真科に入学したんです。ただ、その時はまだ、具体的にどんな写真家になりたいというイメージもなかったですよ」

しかし、写真を学ぶべく入学を果たしたものの、入学から1年もしないうちに学校を辞めることになってしまう。

「実は、僕が家の仕事を継がずに写真の道に行ったことで、父はすごく落胆して、家を出て行ってしまったんです。僕は3人兄弟の末っ子だったでしょ。親父と兄貴は歳が近かったから、末っ子の僕を、一番自分の子供の様に思って接してくれていたと思うんです。だからこそ、親父は僕に家業を継いでもらいたいと思っていたらしいんですね」

「でも、僕は自分の好きな道へ行ってしまった…。姉から親父が家を出て行ったと聞いた時に、“あ〜親父にはすごく悪いことをしているな。幸せって自分だけのものじゃない、やっぱり家族のことも考えなきゃいけないんだな〜”って思ってね。“僕がやっていることというのは、家族の幸せを考えずに、自分のことばかり考えているだけなんだなぁ”って」

「それで、やっぱり家の手伝いをしようって決めて、学校を辞めて実家に帰ったんです。母からも、写真は趣味でやっていけばいいじゃないか。大阪にも写真の専門学校があるから、家の手伝いをしながらそこに通えばいいじゃないかって言われました」

大阪に戻って、母に勧められた写真の専門学校に通ってはみたものの、1学期間が終わり、夏休みが明けたときには、学校に橋村さんの姿はなかった。

「アメリカの大学もそうだったんだけどね、僕は“学校”というものにご縁がなかった気がします(笑)」

「僕は、型にはめられるのが本当にダメなんですよ。日本の教育というのは、どうしても型にはめようとする傾向があるんですね。僕は子供のころから、大人から聞かされることに対して“そうかな〜。別にいいんじゃないかな〜”って、いつも疑問に思っていたわけ。でも、祐野先生は違ったんです。だから僕は先生が好きだったし、いまでも恩師として慕っているんです」
次回の配信(10/30号)もどうぞお楽しみに。

橋村さんの写真展は今週末まで開催されています。
まだ方は、ぜひ足を運んでください!!


HASHI(橋村奉臣)展
「一瞬の永遠」&「未来の原風景」

■10月29日(日)まで 月曜休館
■10:00〜18:00 (木・金曜20:00)
 ※入館は閉館30分前まで
東京都写真美術館3階展示室
 東京都目黒区三田一丁目13番3号
 恵比寿ガーデンプレイス内
■一般 800円、学生 600円、中高生 400円
FOUR STONES IV -フォー・ストーンIV 
(C)HASHI

写真


今週のPICK UP


【写真展】
中島博美写真展「雪を待つ。」
■10月31日(火)まで 無休
■13:30〜23:00(最終日17:30まで)
■caféユイット/galleryユイット
東京都新宿区新宿3−20−8トップハウス8F
■問 cafeユイット 03-3354-6808


【写真展】
GELATINE SILVER SESSION
―フィルムに写す。印画紙にうつす。―
瀧本幹也 平間至 広川泰士 藤井保

■10月24日(火)〜11月26日(日)月曜休
■11:30〜20:30
Kurkku< << library&design
渋谷区神宮前2−18−21 koti bldg. 2F 




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編 集 後 記
“好きになった子をより美しく撮りたい!”自分の思いを、自分のできる形で表現したいという思いは、誰にでも少なからずあるのでしょう。私の大好きなあるカメラマンの書いた文章の中に、こんな文があります。(簡単にまとめてあります)「泣きたくなるような美しい風景を目にして、それを自分の大切な人に伝えようとしたとき、あなたはどうやって伝えるか?…それは、自分が変わっていくことだ」。自分が目にしたもの、感じたものは、必ずしも言葉や形で表現する必要がないんですね。自然の前で、自分の体から溢れ出そうなくらいの感動を覚えたとき、私たちは同時に、多くのものへの感謝や優しさを感じる。その思いを持って、自分が変わっていけばいいんだ…という、なんとも温かい文なんです。(Hanaoka Mariko)
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