Photo 365 MAGAZINE & DIGITAL PHOTO LABOS
2006.07.24
vol. 84
写真を仕事にしたい人、写真家になりたい人はもちろん、
写真に興味のある人なら誰でも楽しめるメールマガジンです。
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みなさん、元気にお過ごしですか? 写真を撮ること、観ることが好きな人に、お届けしている雷鳥社メールマガジン「Photo365MAGAZINE&DIGITAL PHOTO LABO」エディターのイタガキです。今週は小山さんのインタビュー3週目です。写真をはじめるきっかけもプロになる道も様々、決まった道はありません。みなさんは、どんな道を歩まれるのでしょうか? 今週もどうぞお楽しみに。
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私が写真を撮るワケ
伝える手を持つクリエイティブフォトプロデューサー・小山一成 インタビューvol.3
広告写真ゼミを選択したことがきっかけとなり、コマーシャルカメラマン“ハシ”に影響受けた小山さん。大学卒業後の進路として、現、株式会社アマナの社長でもある進藤博信氏らが立ち上げた会社に入社したのですが…。今週は、その小山さんがカメラマンとしてどのような道のりで、独り立ちしていったのかをお届けいたします。
■ Profile ■
小山一成(こやまかずなり)
1959年静岡生まれ。1980年東京工芸大学短期大学部卒業後、株式会社アーバンパブリシティー(現 株式会社アマナ) に入社。1990年にはUrbane U.S.A(N.Y)にて活躍し、帰国後、2000年株式会社アウラ設立と同時に代表取締役に就任。ニューヨークADCインターナショナルアワード、ニューヨークフェスティバル(銅賞)、FCC広告賞(グランプリ)、全国カタログポスター展(日本貿易振興会理事長賞)、朝日広告賞('99準朝日広告賞)など受賞も多数。第一線で活躍するコマーシャルフォトグラファー。
株式会社アウラ
株式会社アマナ





技術は“見て盗む”もの
1980年、東京工芸大学短期大学部を卒業し、株式会社アーバンパブリシティー(現 株式会社アマナ)に入社。

「そもそも、現在のアマナの社長の進藤博信も、僕と同じゼミの出身なんですよ。そして、僕が研究室にいた頃、卒業生だった進藤の学生時代の写真を教授から見せられたんです」

「同じ学生という身分の時の写真だったので、『あ〜こんなに色々なことができる人がいるんだ』って、すごく印象に残りました。とてもきれいだったし、きちんとコマーシャルということを意識した写真だった。彼は『こうやったら、こういう仕事になる』ということが、学生の頃からきちんと分かっていたんじゃないですかね」

「その教授から、進藤の会社を紹介されて、なんとなく…本当になんとなく入ったんです(笑)。他に就職口もないし、働かないとご飯食べられないでしょ(笑)」

小山さんは、アーバンパブリシティーで7人目のメンバーとなった。

「当時は、カメラマン3人とマネージャー1人が主要メンバーで、株式会社とはいっても、事務所みたいな感じでした。仕事としては、チラシからパンフレット、雑誌の取材など、なんでもやっていましたよ」

入社してから最初の3年半、小山さんは、カメラマンのアシスタントとして、撮影セットを作ったり、機材のメンテナンスをするだけでなく、掃除、接客と、いわゆるスタジオマンの様な仕事をしていた。

「カメラマンになるんだ!ていう意識って、正直言うと学生時代にはなかったんですよね。貧乏だけど大らかに(笑)、ただ楽しく過ごしていた。それが、学校を卒業してスタジオに入ったとたんに、みんなが何をやっているのか、全然分からないという状況になってしまった。頭の中は、ひっちゃかめっちゃかですよ。僕は周りがやることを追いかけるだけで、1年半くらいかかりましたね」

『技術は“見て盗む”もの』とよく言われている。仕事の後で、その日のライティングを自分のノートにメモしたり、カメラマンが捨てたポラロイドを拾って、データを書き留めたり。自分の知らない技術や知識を身に付けるために、下積み時代には、誰もが多くの時間とエネルギーを割いているものだ。先輩カメラマンのアシスタントをしていく中で、小山さんは、どのようにして自分の技術を磨いていったのか。

「僕は、モノを覚える時に、文字は一切使わないんです。“こんな感じ”っていう、感覚だけ。全てがそうでしたね」

「入社当初は、本当に何も分からなかったので、“技術を盗んでやろう”とか考えている余裕はなかったですね。ただ付いていくだけで精一杯。いつも僕が“お荷物”という状況でしたから(笑)」

「結局、僕は4年近くアシスタントをやっていましたけど、やはり見ているだけで覚えられるものではないんですよね。それは、カメラマンとして、自分で撮り始めるようになった時に思いました。『あ〜、見て分かったつもりになっていたけど、自分でやってみると全然違うんだな〜』って」
アシスタントでもなく、カメラマンでもなく
毎日、朝から夜中の2時まで仕事をする日々が続き、4年目を前に、小山さんはようやくアシスタントを終えることになる。

「毎日毎日、カメラマンと一緒にいて、仕事を見ているとね、撮影がパターン化しているんだなってなんとなく見えてきてしまうんですよ。独自性というか、“何か工夫がないよなっ”て否定的に見るようになってしまっていて・・・。きっと新鮮さがなくなっていった時期だったんだと思います。そうするとね、だんだん自分で撮りたくなってくるんですよ」

「3年ちょっとたった頃、進藤に『どうするんだ?』って聞かれたんですよ。僕は『もうアシスタントは嫌です。でもまだ写真は撮れないと思います』って答えた。そしたら、『じゃあ、来年は1年間何もしなくていい』って言われて。だから、その1年間は、アシスタントでも、カメラマンでもなくて、毎日会社に行っても、自分がやらなければいけない仕事というのがなかったんです」

「現場からはずれて、進藤の撮影が入っている時には、お客さんと話をしたり、お菓子を買いに行ったりしていましたよ(笑)。でも、そのうちに仕事がしたくなってくるんですよ。それで、進藤がやっている仕事を、最初は見よう見まねでセッティングするんです。そこに進藤が来ると、僕が作ったライティングを少し直して、シャッターを切る」

「でもそのうち、進藤がスタジオに来なくなるんですよ(笑)。セッティングを終えて、待っていても来ない。だから『とりあえずシャッター切ってみるかな』という感じでやってみる。そうやって、細かい仕事ですけれど、いつの間にか僕が担当になっている仕事はいくつかありましたね(笑)」

「最初は、細かい仕事をやって、場数を踏んでいく。でも、今とは世の中の状態も全然違いますから。80年代半ばって、黙って座っていれば電話が鳴るような時代で、スタジオの中に仕事が溢れかえっていて、誰かがやらなければ終わらないという状況だったんですよ。だから、やれることから手を付けて、端から片付けていくみたいな…。悪い言い方になっちゃうけどね。でも、あの当時は本当にそういう時代だったんです」
辞めても誰も惜しがってくれない!
4年近く、アシスタントとしてカメラマンの仕事を見てきて、いざ一人前のカメラマンになると、大きな問題もなく仕事を進めていけるものなのだろうか。カメラマンになってからの、大きな失敗談があるのかどうか、小山さんに伺ってみた。

「もうね〜、言いたくないほどあります(笑)。本当にひどくて…言いたくないな〜(笑)。本当にね、嫌な思い出がいっぱいですよ」

「自分の人間的な弱さとか、いい加減さというものを、次から次に突きつけられたんですよね。社内でもめるわけではなくて、外の人から名指しで言われるんです。撮影に失敗する以前の問題で、借りていた商品を壊してしまったり。それである代理店に、1年近く立ち入り禁止になったこともありますよ(笑)」

「とにかくね、“モノを壊す”ということが、すごく続いた時期があったんですよ。あの頃は、本当に、どうしたらいいのか分からなかったなぁ」

しかし、失敗を繰り返しながらも、カメラマンという仕事を辞めたいと思ったことは一度もないという。それは、一度持ち始めた責任を果たさなければいけない、という思いだけではなかった。

「今ここで僕が辞めたとしても、誰も惜しがってくれないってことが、すごくはっきり分かっていたんです。毎日睡眠3時間で、朝から晩まで働いてきた。それだけの時間を費やしているのに、それを今投げ出してどうするんだ!っていう思いが一番強かったですね」

撮影とは違う部分でのミスは、なかなか直らず真剣に悩んだこともあったが、撮影の技術に関しては、小山さんはしっかりと自信を持っていたようだ。

「自分では、“写真うまいなって”って、思っていましたよ(笑)」

「お客さんも、比較的喜んでくれていたと思うし。というか、僕は、いいことしか覚えていない性格なんですよね(笑)。それが幸いしていますね、きっと(笑)。“どうしようもないな〜”って思っている人もいたのかもしれないけど、そういう悪い部分を気にしていなかった」

「だから、カメラマンになりたてで、わけが分からなくなっていた時にも、周りの評価自体は、あまり気にしていなかった。そんなに悲観的にならずにすみましたね。『まあ、やっていれば、そのうちみんな信用してくれるでしょ』ってね(笑)」


次週(7/31配信号)もお楽しみに!!

写真


今週のPICK UP


【写真展】
epSITE retrospective 1998-2006
■8月9日(水)まで 入場無料
■10:30〜18:00 
(夏季休暇 8月10〜16日)
epSITE
東京都新宿区西新宿2-1-1 新宿三井ビル1階
■参加作家/普後均/三好和義/北島敬三/大山行男/大西みつぐ/原美樹子/斎藤さだむ/岩合光昭/柴田敏雄/伊奈英次/瀬戸正人/江成常夫/管洋志/田中光常/水越武/松本紀生/中村征夫/港千尋/田中哲郎/今森光彦/小檜山賢二/小林のりお

【写真展】
海沼武史写真展Part 4.
小仏川 / Little Buddha River

■8月1日(火)〜9月2日(土) 
■平日11:00〜19:30 土曜 11:00〜18:00
(最終日17:00まで) 日曜休
エモン・フォトギャラリー
東京都港区南麻布5-11-12 TOGO Bild‚.B1

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編 集 後 記
いい意味で“周りの評価を気にしない”でいられたら、いいな〜と思いました。でも、人の評価が気になってしまう時って、大抵自分に自信がない部分だったりするんですよね。自信がないと、どう見られているかが気になる。そうすると緊張してうまくいかない…。やっぱりPositiveThinkingが大事ですよね。人生を大きく変えるような大きな失敗なんて、なかなか無いものですよ。仮にあっても、それがプラスに作用することだってあるっ!!こんな気持ちで毎日を!(Mariko Hanaoka)
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