Photo 365 MAGAZINE & DIGITAL PHOTO LABOS
2006.06.26
vol. 82
写真を仕事にしたい人、写真家になりたい人はもちろん、
写真に興味のある人なら誰でも楽しめるメールマガジンです。
画像が表示されない場合
みなさん、元気にお過ごしですか? 写真を撮ること、観ることが好きな人に、お届けしている雷鳥社メールマガジン「Photo365MAGAZINE&DIGITAL PHOTO LABO」エディターのイタガキです。今週からは久々の広告業界で活躍されるフォトグラファー・小山一成さんの登場です。どうぞお楽しみに〜。
::: PR ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
第10回新風舎・平間至写真賞
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: PR :::

Photo365
MAGAZINES

メールアドレスの
登録・解除・変更
バックナンバー

私が写真を撮るワケ
伝える手を持つクリエイティブフォトプロデューサー・小山一成 インタビューvol.1
今週はポスター・雑誌広告・カタログなど、広告などコマーシャルフォトの世界で活躍されるフォトグラファー・小山一成さんです。コマーシャルフォトの最先端を行くフォトグラファーがたどってきた道のりとは? 今週は幼少時代、カメラとの出会いのお話です。
■ Profile ■
小山一成(こやまかずなり)
1959年静岡生まれ。1980年東京工芸大学短期大学部卒業後、株式会社アーバンパブリシティー(現 株式会社アマナ) に入社。1990年にはUrbane U.S.A(N.Y)にて活躍し、帰国後、2000年株式会社アウラ設立と同時に代表取締役に就任。ニューヨークADCインターナショナルアワード、ニューヨークフェスティバル(銅賞)、FCC広告賞(グランプリ)、全国カタログポスター展(日本貿易振興会理事長賞)、朝日広告賞('99準朝日広告賞)など受賞も多数。第一線で活躍するコマーシャルフォトグラファー。
株式会社アウラ
株式会社アマナ





薄暗い幼稚園の教室で
1959年静岡生まれ。

特別に絵やデザインに触れるような環境にいたわけではないが、手先の器用な父親に育てられ、生活の中に“モノを作る”ということが、当たり前にある中で育った。

「うちは、田舎の貧しいうちだったし、今みたいにおもちゃが豊富にある時代ではない。だから、いつも親父が、手作りでおもちゃを作ってくれていたんです。ブリキを曲げて、水に浮く船を作ってくれたり、その辺に落ちている木々を使っておもちゃを作ってくれたり…。親父は、すごく器用な人だったんです。子供の頃から、そういうことを見ていたので、親父の真似をして僕も作っていた。だから、自分で工夫してモノを作るというのは、子供の頃からやっていたんですよね」

小山さん自身の、表現することにまつわるエピソードは、幼稚園時代にあった。

「よく覚えているのは、幼稚園の時のことです。お絵かきの時間になると、僕はいつも残され坊主だったんですよ。紙を渡されるとね、いつもチマチマした小さい絵を描いていたんです。他の子は、大きくバーンと描くんですけど、僕はそれができなかった」

「でもある時、ひとりの女の先生に『枠を気にしなくていいから、もっと大きく描いてごらん』って言われたんです。陽も落ちかけて薄暗くなった教室で、僕は泣きながら、画用紙いっぱいに絵を描いた。そしたら、それをすごく褒めてくれてね。それからかなぁ、絵が好きになったのは」

「小学生、中学生の頃は、人よりも絵が得意で、好きという意識が、ちゃんとありましたね」
“メカ”としてのカメラに惹かれて
カメラとの最初の出会いは、中学生の時だった。元々“機械”が好きだった小山さんは、写真そのものよりも、“メカ”としてのカメラに興味を持っていった。

「中学生の頃、カメラを持っている友達が一人いて、その子が写真を撮りに行く時に、よくくっついていったのを覚えています」

「もともと親父もカメラが好きだったし、それは爺さんの影響もあるのかもしれませんね。爺さんは、実業家で、洋モノ系が好きだったようで、レンズが3本ついた8ミリとか、ドイツ製の映写機とか…フィルムをつなぐ機械もうちにあった。僕が生まれた時から、僕が映っているフィルムが残っていますよ」

生まれ育った環境の中に、“映像”があった。そのことが、小山さんが写真を始めたたことに、何かしら影響があるのだろうか。

「ん〜、でも僕が興味を持ったのは、写真というよりも、やはり機械としてのカメラですね。メカニックなものに興味があった。映写機って、当時は、今じゃ考えられないくらいすごいものだったと思うんです。例えて言えば、まだまわりで誰もマッキントッシュを持っていない時代に、自分のうちにだけある、みたいな感覚ですよね。それくらい、すごく立派な映写機だったんです」

「フィルムを通して、モーターを入れる。ファンを動かして、ランプをつけて、スイッチを入れるとフィルムが動く。それが目に見えるんですよ。だから、そういう機械に対する興味というのは、子供の頃からありましたね」
写真を通して見ていた『現実』
中学生の終わり頃になると、友達についていくだけではものたりなくなり、父親にカメラをねだり始め、高校生になった時、とうとうミノルタの一眼レフカメラと、200ミリの望遠レンズを買ってもらう。そしてそれが、小山さんの写真の始まりだった。

「親父に高いものをねだったのは、それが生まれて初めてだったんです。カメラを手にしてからは、本屋でカメラ雑誌を立ち読みし、学校にある暗室を使って、モノクロ現像とプリントを覚えていきました」

「僕が通っていた高校は、藤枝東高校といって、サッカーがすごく強い学校だったんです。そのため、サッカー部の子たちの写真を撮ってあげると、その本人だけでなくて、彼らのファンの子たちによく売れたんですよ(笑)。それ以外にも、友達から『何組のあの子の写真を撮ってくれ』って頼まれて、教室の窓から望遠レンズで写真を撮って、売っていましたよ(笑)」

写真は一枚あたり500円前後で販売。そうやって稼いだお小遣いを、次の現像液代や印画紙代にあてていたのだという。

「フィルムにしても、印画紙にしても高いじゃないですか。当時、確か、六つ切りの印画紙が100枚で3‚000円くらいしたんですよ。おまけに田舎の写真屋さんでは手に入らないので、電車に乗って、ちょっと大きな街まで行かないと買えなかった。アルバイトはやっていなかったから、親からのお小遣いと、友達に写真を売って稼いだお金だけでやりくりしていました」

“メカ”としてのカメラが好きだった小山少年が、実際にカメラを手にした時に、写真という表現手段に対して、思った感想はなんだったのか。

「あの頃は、ちょうどベトナム戦争が終わりの頃で、やはり報道写真にすごく興味がありましたね。写真がどうこうではなく、単純にそこで起こっていることに意識があったんでしょうね。すごく影響されたというか、感じるものはありましたよ」

「そんな中で、初めて写真がきれいだなと思ったのは、学校の図書館でたまたま目にした、ユージン・スミスの水俣病の写真でした。お母さんが娘さんをお風呂に入れている写真です。その写真は、純粋に絵として“すごくきれいだな〜”って思って、その時の印象は今でも強烈に残っています」

「他にも、いくつか頭の中に残っている写真があります。ユージン・スミスの、幼い男の子と女の子が手をつないで、トンネルから出てくる写真とか、ピューリッツァ賞をとった写真で、戦火のベトナムで、雨の中ぼーっと座っている兵隊の横顔を撮った写真。もうひとつは、うちにあった『アサヒグラフ』に載っていた写真。日本に原爆が落ちた後、数多く生まれてきた奇形の子供の中の、無脳症の赤ん坊の死体が写っている写真です。そういったものが、すごく印象に残っていますね」

「『アサヒグラフ』などで目にした写真というのは、現実に起こっている戦争の写真であって、映画やドラマの映像とはまるっきり違うんですよ。普通のニュースの中では分からないことが、『現実的にはこうなんだな』ってことを、僕は写真を通して、感覚的に理解していたかもしれないですね」

しかし、小山さん自身、そういった報道写真に影響されて、自分なりのドキュメンタリー的な写真を撮ったりするということはなかったようだ。

「子供でしたからね。テーマ性を持って撮るとかいうことは無かったですね。

僕は単純に、カメラのシャッターを切って、現像して、プリントができるという一連の流れが、自分ひとりでプロダクションできてしまうことが楽しかったんです」

「暗室作業は面白かったですよ。僕は、しゃべるのがあまり得意ではなかったので、自分ひとりでできることの方が、好きだったんです。それに、学校の成績がすっかり落ちこぼれていたので、何かしら理由をつけては暗室にこもっていましたね(笑)」



次号(7/3配信)もお楽しみに!!

写真


今週のPICK UP


今日は写真の学校に通う生徒さん、修了生の方の写真展のご案内です。

【写真展1】
『18eyes』
■6月27日(火)〜7月2日(日)
Gallery LE DECO 2F
渋谷区渋谷3-16-3ルデコビル2F
■11:00〜19:00(最終日は17:00終了) 無料
■問 03-5485-5188 

【写真展2】
『photo gallery 「CHANNEL」』
■7月29日(土)、7月30日(日)
池袋「ORANGE GALLERY」
豊島区西池袋1-9-11 103
■(土)11:00〜19:00 (日)11:00〜18:00 無料

::: PR ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
写真の学校|東京写真学園
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: PR :::

編 集 後 記
“メカ好き”とは、男の子って感じですね。私は、どちらかというとメカは苦手…電気製品のあの分厚い説明書を読むのが面倒で、いつも手探りで操作しています。複雑な機能をあまり必要としないので、携帯電話でのインターネット検索も2〜3ヶ月に1回、乗り換え案内を見るくらい。その他にどういうサイトがあるのかも良く分かりません。でもいいんです、それで(笑)。できるだけシンプルに生きよう!って、言い訳ですかね?さて、小山さんのインタビュー、今日から6回にわたってお送りします。お楽しみに!!(Mariko Hanaoka)
問 い 合 わ せ
雷鳥社マガジン
URL: http://www.raichosha.co.jp/mm/
 広告のお問い合わせ: http://www.raichosha.co.jp/mm/ad.html
ご意見・ご感想: photo@raichosha.co.jp
登録の解除をご希望の方は、下記のURLによりお願いします。
  http://www.raichosha.co.jp/mm/photo.html
メールマガジンにご登録いただいていらっしゃる方々には雷鳥社より、不定期で新刊案内等を自動的に配信させていただきます。どうぞよろしくお願い致します。
「Photo 365 MAGAZINE」に掲載された記事の無断転載を禁じます。
Copyright. © 2004- Raicho-sha All Rights Reserved.