Photo 365 MAGAZINE & DIGITAL PHOTO LABOS
2006.02.20
vol. 72
写真を仕事にしたい人、写真家になりたい人はもちろん、
写真に興味のある人なら誰でも楽しめるメールマガジンです。
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みなさん、こんにちは。写真を撮ること、観ることが好きな人に、お届けしている雷鳥社メールマガジン「Photo365MAGAZINE&DIGITAL PHOTO LABO」エディターのイタガキです。写真家の小林紀晴さんの5週目です。えいっ、と一歩踏み出してしまえばあとは、何とかなるものなのかもしれませんね。その勇気があれば!! 今週もお楽しみに!!
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写真の学校|東京写真学園
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私が写真を撮るワケ
出会いと自分を見つめ、写真表現という旅をする 写真家・小林紀晴インタビューVol.5
3年間勤めた会社をいよいよ辞め、フリーになった小林さん。初めてアジアに一人旅をした時の作品を発表し話題になり、アジアを旅する写真家として多くの若者から支持され、どんどん活躍して行きます。今週はそんな小林さんに、“旅をすること”について、いろいろお聞きしました。
■ Profile ■
小林紀晴(こばやしきせい)
長野県生まれ。東京工芸大学短期大学部写真科卒業。新聞社のカメラマンを経て、1991年よりフリーに。アジアを中心に活動。旅先で出会った日本人の若者達の姿を独自の視点で捉えた写真と文章でつづられた『ASIAN JAPANESE』でデビュー。多くの若者に共感を与える。代表作には『東京装置』『ASIA ROAD』など。2001年には 『DAYS ASIA』で日本写真協会新人賞受賞。2000年より約1年間、ニューヨークに在住。その後は、日本に戻り、『9月11日からの僕のこと』『SUWA』などの作品を発表し続ける。著書は写真集と小説を合わせ20冊以上に及ぶ。
SUWA
1‚995円/アクセス・パブリッシング/2005年8月












Tokyo Generation
1‚890円/河出書房新社/1999年




















写真学生
520円/集英社/2004年




















ASIAN JAPANESE2
1‚427円/情報センター出版局/1996年
































最新刊・エッセイ集
『写真展に、行ってきました』
1‚575円/平凡社/2006年2月1日













最初の旅というのは、二度とできない旅
「写真を撮る行為というのは、自問自答を続けることだと思うんです」

「アジアン・ジャパニーズのテーマは事前に考えて行ったけれど、現地で撮る時も、常に色々なことを考えるわけです。例えば、構図はできるだけ似ないように気をつけたりしましたよ。『昨日撮った人は、縦位置で、割と引いて撮ったから、今日もし誰かに会ったら、よって撮ってみよう』とかね」

「でも、プリントの段階になったら、もう何も考えずに黙々と焼いています。考えて考えて撮影してきたものですから、暗室に至までには、すでにイメージはできているわけですからね。基本的には黒焼きといって、全体的に黒く焼き込んでいきました。それは学生の頃から変わっていないですね」

当時は、新聞社にいたときの習慣で、ベタ焼きをとらずにプリントしていたという。ベタをとらなくても、フィルムだけ見て分かるようになっていたのだ。

「これまで色々なところへ旅してきましたけど、やはり最初の旅というのは、一番大きいですね。最初というのは二度とないですから」

約100日間にわたる旅から帰国した小林さんは、少しずつではあるが、フリーカメラマンとして写真の仕事を始めていた。

「アジアから帰ってからしばらくは、地味に生きていました。でも、写真以外の仕事はしていませんでした。前の会社の同僚から雑誌の仕事をもらったり、辞める前に会った写真プロダクションの方から仕事をもらったり。来る仕事は何でもやっていました」

「会社を辞めて後悔したことは、一度もなかったですね。戻りたいと思ったこともない。二度と就職しようとは思わなかった」
ASIAN JAPANESE
1992年、写真展を開催。そして、『ASIAN JAPANESE 1』が出版されたのは、その3年後の1995年だった。

「情報センター出版局という出版社に、写真を持ち込んだんです。旅の中で写真を撮らせてもらった人が、確か50人くらいだったかな…彼らの写真は全員分プリントして持って行きました」

「初めから写真集を作ろうとは考えていなかったんです。写真だけで伝えられるとは思えなかったので。それに、文章は書きたいと思っていました。書いたことはなかったけど…でも、書ける気はしていましたね。情報センター出版局は、文章を書くカメラマンの本を結構出していたんですよ。藤原新也さんとか、橋口譲二さんとか…。写真と文章というスタイルが、僕のやりたいことに近いかなと思ったんです」

「初めに写真を見てくれた人がよかったのだと思います。やはり、タイミングってあると思いますよ。たまたまその編集の方は僕の写真を見てくれて、分かってくれる人だったわけですから」

「『ASIAN JAPANESE 1』が出版されて、それが少し話題になったりしたことで、仕事がやりやすくなったのは確かですね。ただ、劇的に何かが大きく変わったということはないですよ」

『ASIAN JAPANESE 1』の翌年、『ASIAN JAPANESE 2』を出版。

「やはり、1冊目の時とは大きく変わりました。2回目以降は、旅を本にすることが前提になっていましたから。スタイルも完全に取材という感じです。意識も全く変わりましたね。『ASIAN JAPANESE 2』の取材の時は、テープもとっていたし、取材する相手にも『これは本になるものです』ということを伝えた上で話を聞かせてもらっているので、そこが大きく違います」

小林さんの本は、普通の旅行記のように、旅の中での出来事や感じたことだけを書いているのとは少し違う。遠い長野での記憶や、東京での生活など、時間も空間も違うものが絡み合い、それらがうまくリンクしてくるのだ。旅や出会いを通して、いつでも自分自身をも見つめているからなのかもしれない。

「人間の記憶って、決して順番に並んでいるわけではないですからね。自分の中では割と自然なことなんです。過去のものを反芻するような感じ。それは、文章を書かなくても、普段からそういう考え方をしていますね。そういう思考なんでしょうね」

生まれ育った長野、上京して以来拠点となっている東京、何度も旅をしたアジアやその他の国々。それらの場所は、小林さんの中でどのような位置づけになるのだろうか。

「どこへ行くにも東京を経由していくわけですけど、僕にとって最後に戻るのは、やっぱり長野なんだという感じですね。やはり、長野という自分の生まれ育った場所は、動きようがないものです。それはかなり強い。きっと、生まれた場所に対する思いというのは、他の人と比べても強いんじゃないかな。結局、価値観とか、何かを判断するときには、自分の生まれた場所と比べているんですよね。東京には事務所もありますけど、留まるところという感じはしないですからね」
旅をするときのアイテムいろいろ
最近では、旅へ行くにも6×7の中判カメラを持って行くという小林さん。旅に持って行く機材の基本セットを伺ってみた。

「最近は本当に6×7ばかりですね」

Mamiya7を2台 レンズは65mmと80mm
PLAUBEL makina67を1台 レンズは80mm固定

「ボディーは、この3台を持って行きますけど、持ち歩くのは常に1台です。使い分けは、完全に気分ですね」

「PLAUBEL makina67というのは、今は中古じゃないと手に入らないですよ。荒木さんが使っているから買ったんです。それに、レンズがf2.8で明るいんですよ。以前はペンタックスの6×7も持っていたんですが、重いのでやめました」

旅の途中でカメラが壊れたことはあるが、盗まれたことは、これまで一度もないという。

「フィルムの量は、目的によって全然違いますが…10日間行くとしたら、だいたい120のブローニーフィルムを50本くらいですね。それと、最近はメールを使うので、パソコンを持って行きます」

「35ミリ一眼レフカメラを使用していた時は、カメラ2台、レンズは28mmと50mmの2本。フィルムは、10日間行くとして、やはり50本くらいかな。最初の一人旅の時は、240本くらい持って行きましたよ。実際には使ったのは180本くらいかな」

「やはり、20代の頃は、何でもバシバシ撮っていましたね。何でも珍しいということもあったと思います。でも同じ場所に何度も足を運んでいうちに、そういう撮り方はしなくなりました。それに、6×7だと撮り方も変わりますから。やはり35ミリのようにバシバシとは撮らないです」



次週(2/27配信)もお楽しみに!!

写真


今週のPICK UP


雷鳥社・新刊案内
雷鳥社より新刊のお知らせです。先週ご紹介させていただきましたタクマクニヒロ氏の写真集『ブルー・ノート』がいよいよ発売されます。25歳で会社を辞め、独学でカメラマンになった著者からのメッセージ。夢に向って一歩踏み出せず、迷えるあなたにオススメです。

『ブルー・ノート』 
■写真・文 タクマ クニヒロ
■雷鳥社刊 96頁 1‚575円 
■2月21日発売

 
空のブルー、波のブルー・・・。日常にある風景で、タクマ氏が「きれいな青だなぁ」と思った瞬間が切り取られている。

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編 集 後 記
先日、海外の友人を見送るべく成田空港に行ってきました。雨の中、飛行機が飛び立つのをデッキから見送りました。空港というのは、数多くある様々な施設の中でも取分け好きな場所です。自分は旅立つわけでも帰国したわけでもなく、ただそこにいて周りを眺めていると、“人の一生って……”なんてことをぼーっと考えてしましました。それにしても、旅立ちっていいな〜。次に空港に来るときは、自分が旅立つときになるといいな〜。なんて…。(Hanaoka Mariko)
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