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SUWA 1‚995円/アクセス・パブリッシング/2005年8月
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life1986-2002 2‚625円/スイッチ・パブリッシング/2002年
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DAYS ASIA 2‚650円/情報センター出版局/1996年
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ASIAN JAPANESE 1‚427円/情報センター出版局/1995年
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憧れの東京生活と写真学生
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1986年、東京工芸大学短期大学部写真科入学。
「いざ写真学校に入ってみると、当然ですが、そこは写真好きの集まりで、僕は落ちこぼれでした。僕には、そんなに熱い意志のようなものがなかったから、友達が話していること、特に写真の専門用語が全く分からないんです。今思えば、たいした話はしていないんですけどね。当時は本当に分からなくて、“あ〜失敗したな〜”って思っていました」
「学校では課題がたくさん出るんですが、その作品に対して、クラスで投票をするんです。封筒に作品を入れて、それをクラス全員が見る。そして、いいと思った作品に“正の字”で投票していく。当然、票がゼロの人もいるわけで、僕は自分で自分の作品に入れちゃったりするんだけど、開票してみると自分の一票だけしかなかったりして(笑)。なんだかなぁと思っていました」
「開票後、各作品に対して講師からの講評があるんですが、長い時間、講評してもらえるのは、上位の人の作品だけ。選ばれた人が前に出て、時間をかけてコンセプトを話す。それに対して講師が、『こうした方がいいんじゃないか』とか『ここがいい』といったことを話して、時間が過ぎていく」
「僕の作品はというと、講評してもらえるような上位作品になんて入らないから、授業がつまらないわけですよ。目の前で作品のコンセプトを理路整然と話す友達を、“すげぇな〜こいつ”って思いながらいつも見ていました。結構しょげていましたね」
写真学科では、広告写真や写真館のカメラマンなど、5つのジャンルに研究室が分かれていて、小林さんが選んだのは、ドキュメンタリー写真の研究室。今でこそ、広告や雑誌の仕事もこなしている小林さんが、当時はドキュメンタリー以外の写真にはあまり興味がなかったという。
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誰にも撮れないものを撮る
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学生時代は、報道写真サークルに所属していたものの、1年生の夏休み頃には、ほとんど顔を出さなくなっていた。“オタク”のように写真に詳しい友達の会話についていけない。いくら作品を撮っても評価されない。入学して以来、辞めることばかり考える日々が続いていた。
「1年目の年末が近づいても、作品投票をしても、名前すら呼ばれないという状態が続いていました。正直、もう学校を辞めたいなって思っていたんです。まだ若いし、普通の大学に行ってやり直しても遅くないだろうって。現実的には親が許さなかったかもしれないけれど、でも少なくとも僕の気持ちは、もうどうしようもないというか…“辞めたい”という思いでいっぱいでした」
「写真って、もちろん勉強は勉強なんだけど、普通の勉強とは違うじゃないですか。努力も…もちろんした方がいいんだけど、努力すれば報われるといったものではないし。センスがすごく重要で、僕にはそれがないんじゃないかなぁ、って思っていたんです」
「いろいろと考えに考えて、“とりあえず、誰も撮れないものを撮ればいいんじゃないか”という結論に達したんです。インパクトのある写真を撮って、それでも相手にされなかったら、もう辞めようって決めたんです」
出された課題は、5〜6枚の組写真だった。
「僕はまず、新宿の地下道で寝ているホームレスのおじさんを撮りました。すごく近くまで寄って。それから、ちょうど新宿の花園神社でやっていた酉の市を見つけたんですが、当時そこには、見せ物小屋みたいなものがあったんですよ。おばさんが鼻にゴムを通して手で引っ張っていて、その横に何故か生まれたばかりの子供が寝ているというような、すごくシュールな感じだった。その見せ物小屋の中で撮った写真が2枚目」
「3枚目は、たまたま渋谷でふらふらと写真を撮っている時でした。救急車のサイレン音が聞こえたんですよ。その音が近くで止まったので行ってみたら、ホームレスのおじさんが倒れていて、救急隊員が脈をとっているところだったんです。“これは撮らなきゃ!”って思って撮りました。でもその後、救急隊員の人に思いっきり怒られて、結構自己嫌悪になりましたね。あとはホームレスの後ろ姿と…もう1枚は忘れましたが」
「とにかく、その5枚を組写真にしたんです。テーマは『僕が見た東京』。それらの光景というのは、田舎では見られないものですから、東京に来て以来、日頃から気にはなっていたんです。でも怖くて、ずっと撮れなかった」
「その時の作品が、学校の投票で、いきなり1位になったんですよ。他にもたくさん写真を撮っていたので、5枚の組写真をもう1セット作って提出したんですが、ひとつが1位になり、もうひとつが3位になったんです。それで、もう気分が高揚しましたね」
それから冬休みに入って、実家に帰省した小林さんは、雪で白く覆われた諏訪の町と、実家で飼っていた犬とを一緒に写真に収めた。冬休みが明け、課題として提出したその作品は、またしてもクラス投票で1位に選ばれたのだ。
写真をやめるか続けるかどうかの大きな賭。“誰も撮っていないもの”を見つけることは、簡単なことではないだろう。しかし、これができなかったら写真をやめようと決めた、その“覚悟”が、何か一線を越えさせたのかもしれない。
次週(2/6配信)もお楽しみに!!
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