Photo 365 MAGAZINE & DIGITAL PHOTO LABOS
2005.06.20
vol. 49
写真を仕事にしたい人、写真家になりたい人はもちろん、
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写真を撮ること、観ることが好きな人に、お届けしている雷鳥社メールマガジン
「Photo365MAGAZINE&DIGITAL PHOTO LABO」エディターのイタガキです。
今週も日本を代表する写真家・細江英公さんのインタビューです。好きな写真にどんどん夢中になっていった少年が、いよいよ本格的に写真の勉強をはじめた頃の話です。自分の人生を左右する出会いというのは、本当に不思議です。みなさんにとって写真はどんな存在ですか? 今週もお楽しみに!!
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私が写真を撮るワケ
自らの手で道を切り開く写真表現者。写真家・細江英公さんインタビューVol.3
いよいよ写真の道へ踏み出した細江さん。写真の魅力に取りつかれてからは、躊躇することなく、好きな道をどんどん切り開いていきます。今週は、目指す大学へ進学し、自らの「写真を撮る理由」を探しはじめていきます・・・。
■ Profile ■
細江英公(ほそええいこう)
1933年山形県米沢市生まれ。東京育ち。1954年東京写真短期大学(現東京工芸大学)技術科在学中に『写真サロン』にて出品作が特選。これがきっかけとなり写真評論家・福島辰夫と出会い、若手美術家たちとの交流を重ねる。卒業後はフリーの写真家となり、若手写真家たちと写真セルフ・エージェンシー「VIVO」を設立。広告、雑誌などを手掛ける。VIVO解散後も『薔薇刑』『鎌鼬』など衝撃的な名作を発表し続け、紫綬褒章はじめ数々の賞を受賞。斬新な写真表現を常に生み出し続け、名実ともに日本を代表とする写真家へ。2003年には英国王立写真協会創立150年記念特別勲章も受賞するなど海外でも活躍、高い評価を得ている。
『薔薇刑』
被写体はあの三島由紀夫。衝撃的な話題作で、芸術的にも優れた最高傑作。吸い込まれるような被写体の眼力と耽美でバロック的な空間の構築が絡み合った作品。写真表現の奥深くへひきづりこまれる。作品制作には、森山大道が助手をつとめる。
















































『鎌鼬』
舞踏家・土方巽との濃密なコラボレートでできあがった不朽の名作。土方氏の肉体・魂、細江氏の写真が共振して生み出された、幻想的な世界が広がる。2005年4月、限定500部で青幻舎より復刻。



















『ガウディの宇宙』
アントニオ・ガウディの建築を『魂を持つ巨大な肉体』として独特な表現でとらえた写真集。



子供の目線が持つ意味
1952年、東京写真短期大学(現東京工芸大学)技術科入学。

「でも、いざ学校に入ってみると面白くなかったんですよ。教わることといえば、写真の工学的な話ばかり。学長も写真学概論を教えていた。僕が興味を持っていたのは、写真の表現の方だったんです」

ある日、学校の課題写真を撮りに銀座へ行った細江さんは、数寄屋橋の上に座っている貧しい母子を見つけた。そして「写真撮っていい?」と声をかけて、その母子の前に座りこんだ。

「僕もヨレヨレの学生服を着ていたからね(笑)。その時僕が持っていたのが二眼レフカメラだったんだけど、これがとても大きな意味を持ったんだと思う」

当時は戦争孤児や、住むところを失った親子が路上で物乞いをすることは珍しくなかった。そんな戦後日本の社会状況をおさめた写真の中には、貧しい子供たちの写真も数多く見られたが、そのほとんどが大人の目線で捉えられた写真だったのだ。上からレンズを向けることで、子供の目が憂いをおびた表情になるのだ。

「悲劇的な状況であることが絵になり、テーマとなりうる時代でした。ある意味では、悲劇的でないと写真として認められなかったといっても過言ではないかもしれません。路上生活をしている貧しい人たちの存在というのは、そもそも社会の制度、仕組みが悪いという考え方が根底にあったのでしょうね」

「そういう時代において、僕が撮った写真というのは、大人の、上からの目線ではなく、子供の目線まで下がって、しかもその子が幸せそうにニコニコしている写真だったんです。後にカメラアングルとは何かを勉強した時にその意味が分ったけど、その時の僕は特に意識していなかったと思います。はじめは人間的興味という方向から入って、それが社会の中でどういう意味があるのかといったことは、後から学んだことでしたね」

「土門拳が言うところの社会的なリアリズムは、すばらしいんですよ。だけど、いつの間にか“社会的”が“社会主義的”リアリズムという意味に変換されていったんです。社会主義的思想を背景に持つ人が路上生活をする貧しい子供の写真を見たときには、社会的なものを背景にして評論しますから、コンテストに選らばれる写真というのは決まってくるんです。そうするとアマチュアの人たちは、社会的・政治的背景があることを知らずに、どういう写真が評価されるのかということを考えて撮るわけです。巧妙ですよね。社会的リアリズムが社会主義的にしていくわけですから」
「何を」ではなく「いかに」写すか
学生時代の細江さんは、様々なコンテストに多数応募していたという。そして、コンテストで得た賞金をもとに、次の作品作りにつなげていった。

「コンテストに応募し、賞をとるということは、それぞれのコンテストが何を求めているのかを考え、相手が何を求めているのかを知ることにもなる。それが広い意味でマーケティングですよね。どこにニーズがあるのか。その勉強と賞金獲得のために応募していましたね。友達の名前を借りて複数応募して、1等2等3等ともらったこともあります。ルール違反ですけどね(笑)。とにかく写真とは何か、自分ができることは何かを考えながら、若い頃は何でもやりましたよ」

細江さんが当時一番影響を受けた写真家は、エドワード・ウェストン。1954年、21歳の時にアメリカ文化センターで見た写真展に衝撃を受けたのだという。アメリカ文化センターでは頻繁に写真展が開催されていたことに加え、館内の図書館ではアメリカの最新雑誌を閲覧できることもあってよく足を運んでいた。

「講堂でアメリカンモダンダンスの練習をしていて、それを撮らせてもらったこともあるよ。踊りというものに初めて関心をもったのが、この時ですね。これがのちの作品、前衛舞踏家・土方巽の『鎌鼬』などにつながってくんです」

「エドワード・ウェストンの写真に触れたことは、本当に幸せだったと思います。当時の日本は、写真というのは常にドキュメンタリーでなければならない、それ以外は写真ではないという時代でしたからね。エドワード・ウェストンの“ポイント・ロボス”の作品というのは、写っているのは木の根っこや、海岸の岩、海草などで、被写体そのものには特別な価値があるものではない。しかし、その写真の一枚一枚がなんとも、ものすごい生命力に溢れているんです。すごく衝撃的でしたね」

「報道写真というのはテーマがありますから『何を写すか』なんです。でもエドワード・ウェストンは『何を』ではない『いかに』なんですよ。僕は『いかに』の方が自分に合っていると思ったんです」
枠を超えたところに芸術がある
貧しい子供の写真は、写真雑誌で特選となり、それが福島辰夫という一人の若い写真評論家の目にとまった。この一枚の写真が福島氏に“この男に会ってみたい”と思わせたのだ。その子供の笑顔に率直に飛び込んでいった男とはどういう男なのか。

「福島さんは東京大学在学中から評論を書いていた方で、はじめは絵の評論をやっていたんです。それから写真に興味を持って写真の評論家に。写真サロンをベースにものを書くにあたって、面白い若手の写真家がいないか、と探しているときに僕を見つけてくれたのです。当時僕が19歳、福島さんは24歳だったかな。福島さんとの出会いが、それからの僕のひとつの方向を定めたと思います。福島さんとは、出会ったその日に8時間以上も話をして、それでも止まらなくて福島さんの家にまで行って夜通し話をするくらい即、意気投合。そして、福島さんは『デモクラート』という美術家集団を紹介してくれたんですが、そこの中心人物が瑛九さんだったんです」

「瑛九さんは、日本的な意味での家元制度的なものを否定していました。日本の公募展というのは“入選しやすい傾向”というのが生まれやすいんですよ。絵画は特にね。そういうものを一切認めないというのがデモクラートの精神なんです。新しいものを打ち出してこうという人たちの芸術家集団でした」

「僕は写真学校の同級生よりも、デモクラートの仲間からの方が圧倒的に影響を受けましたね。勉強は学校ではなくて、学校の外、社会にある。だからといって僕は学校を否定するわけではないんです。何かを学ぼうとしたときに、学校というのは非常に効率がいいし、技術的なことは親切に教えてくれる。だからそういうシステムは必要だと思います。しかし、そこから本当の意味での芸術が生まれるかどうかというのは分らない。本人次第だからね」

「学校の勉強だけできたから、芸術に長けているということではないはずです。むしろ、学校で教えられる枠のようなものに反発した形で生まれてくるケースの方が多いかもしれませんよね」
次号(6/27配信)もお楽しみに!!

写真


柳谷杞一郎のデジタル写真をめぐる冒険
こんにちは。柳谷杞一郎です。
前回、デジタル写真表現の第8の特徴として「ホワイトバランスの選定が可能」をあげました。今回は、この「ホワイトバランスって何?」がテーマです。
■ Profile ■
柳谷杞一郎(やなぎたにきいちろう)
写真の学校/東京写真学園校長。
広告・出版物の制作ディレクターを経て、88年エスクァイア日本版の月刊化に際し、編集者として参加。90年副編集長。91年にカメラマンに転身。“大人の感性”と“少年の温もり”の混在する写真家として注目を集める。写真集に『Rapa Nui』『X』、著書に「写真でわかる<謎への旅>」シリーズの『イースター島』『マチュピチュ』などがある
もともと光は電磁波の一種で、実際に目で見ることのできる可視光線は、その中のほんの一部にすぎません。

電磁波には波長があります。波長の短いものの代表が宇宙線(10の−15乗メートル)やガンマ線(10の−14乗メートル)、長いものの代表がテレビ波(10メートル)やラジオ波(10の3乗〜10の5乗メートル)などの放送波です。

可視光線の波長は400ナノメートル(ナノ=10の−9乗)から700ナノメートルあたりになります。紫色の光は波長が短く(400ナノメートル)、赤色の光は波長が長い(700ナノメートル)のですが、これよりも波長が少し短い電磁波を紫色線、少し長い電磁波を赤外線と呼ぶのです。

光は通常、無色透明に見えますが、プリズムを通して光を見ると、赤、橙、黄、緑、青緑、青、紫など様々な色に分かれて見えます。大気中に浮遊している水滴がプリズムの役割を果たして、虹は7色に見えるのです。

さてこれら様々の光の色がいつもほぼ等量にまざっていればいいのですが、実際はそうなりません。例えば明け方は短い波長の光の方が多く、夕暮れは長い波長の光の方が多くなります。早朝は風景が青っぽく、夕暮れが近づくと赤っぽく見えるのは、光の色のアンバランスによるものなのです。

しかし、多くの場合、人間の眼は光の量の変化に順応してしまいます。実際にはかなり青い光や赤い光の量が多くても、白いものを白として認識してしまうのです。人間の眼は優秀だともいえるし、鈍感だともいえます。ところが、カメラはそんなことできません。青い光が多ければ青く写るし、赤い光が多ければ赤く写ることになります。こうなると、白いものは白く写りません。当然、青い光が多い状況では、青かぶりした白として写ります。

つまり、人間の眼には無色透明に見える光には、色がついているということです。このアンバランスになった光の色の量を調節し、人間の眼に白く見えるものが白く写るようにすることを「ホワイトバランスをとる」といいます。

デジタルカメラには、この「ホワイトバランスをとる」機能がついているのです。これが結構便利。話が少し長くなってしまったので具体的な事例については次回お話したいと思います。
「写真の学校」の教科書
おかげ様でいよいよ5刷に突入!! 2万部超のベストセラーになりました。ありがとうございます。

はじめて一眼レフを手にする初心者からプロカメラマンを目指す上級者まで、写真が大好きな人が通っている写真の学校がつくった「写真の教科書」。柳谷杞一郎氏が執筆・編集しています
雷鳥社(2004/08)/1‚575円(税込み)





花写真〜上手になるための18のルール〜
写真を上手に撮るために心掛けるべきことは、たった18のルール。まだカメラを持っていない人から中級者まで、読んで楽しい一眼レフカメラ入門の書。柳谷杞一郎氏が執筆・編集に関わっています
雷鳥社(2002/03)/1‚155円(税込み)

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編集の学校/文章の学校
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編 集 後 記
社会的なリアリズム写真が評価されていた中で、細江さんが撮った“貧しい子供の写真”は衝撃だった。同じ光景を目にしたとき、そこに何を見ていたのか、それによって写真は大きく変わってくる。違う国や違う文化の中でくらす人々の中に入っていった時、日本人としての視点だけでなく、その人たちの生活の中に視点を移して見ることができたらいいなぁ、と思う。(Hanaoka Mariko)
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