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■ Profile ■
柳谷杞一郎(やなぎたにきいちろう) 写真の学校/東京写真学園校長。 広告・出版物の制作ディレクターを経て、88年エスクァイア日本版の月刊化に際し、編集者として参加。90年副編集長。91年にカメラマンに転身。“大人の感性”と“少年の温もり”の混在する写真家として注目を集める。写真集に『Rapa Nui』『X』、著書に「写真でわかる<謎への旅>」シリーズの『イースター島』『マチュピチュ』などがある
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「コピー、通信、蓄積が容易」というものです。これを第5の特徴にしなければなりません。それどころか、「コピーが容易」「通信が容易」「蓄積が容易」というのは、ひとつひとつ独立した特徴だともいえます。でも、まぁ話がややこしくなるので、これらは一つの特徴にまとめてしまいます。銀塩フィルムというのは、そこに物理的にハッキリと存在しているもので、そこに実在していることが、認識しやすいものです。それに比べてデジタル信号というのは、なんとも頼りない存在です。そこにあるのかないのか。自分が撮ったものかどうか、ということさえ怪しくなります。
デジタルカメラが出はじめの頃、デジタルカメラでも撮影するけれども、銀塩フィルムのカメラでも必ずおさえての撮影をするという人が少なからずいました。
なんのためにデジタルカメラで撮っているのか、そんなに信用がおけないんなら、最初から銀塩フィルムのカメラだけで撮った方がよっぽど効率的だと思うのですが……。新しい技術が根づくには結構時間がかかるというわけです。
僕自身もデジタル信号になった自分の写真というものが、確かに自分の写真であるという強い気持ちがなかなか持てないでいました。
やっぱり物理的にそこに実在しているというのは、気持ちを安らかにしてくれますよね。目の前にフィルムになった写真があると、この写真は著作権者は、他の誰でもない、確かにこの私なのだ、ということに自信が持てるのです。
何だか変な話ですけどね。でも、しばらくデジタルカメラに接し、デジタルカメラで写真を撮るのが当たり前になってくると、物理的にはカタチのないデジタル信号であっても、やっぱりこれは僕の撮った僕の写真に間違いないと思えるようになったから不思議です。
こうなってくると、デジタル信号っていうのは、とても便利だということに目が向きはじめます。コピーも、通信も、蓄積も、すっごく簡単。その手軽さが、写真表現そのものにも影響をおよぼしてきている、といってもいいぐらいです。
どんな風に便利か、どんな風に簡単かで、どんな風に手軽かって!? で、写真表現にどんな影響をおよぼしているのかについては、また次号で。
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